2015年12月より、労働安全衛生法の改正により50人以上の事業場では年1回の「ストレスチェック」が義務化されました。これは、働く人のメンタルヘルスを保ち、職場環境をより良くするための重要な制度です。

しかし、その運用が適切でなければ、むしろ職場内での不信感やトラブルを招いてしまうケースもあります。ストレスチェックは「点」ではなく「線」で活かすことが重要であり、単なる義務として処理するだけでは大きなリスクを伴います。

本記事では、産業医の立場からストレスチェック後によく起こる職場トラブルと、その予防策について具体的に解説していきます。

高ストレス者対応の混乱と予防策

問題点：面談への不安と誤解

ストレスチェックで「高ストレス者」と判定された従業員に対しては、医師による面接指導の機会を提供する義務があります。ですが、これをうまく伝えられないと、「面談に呼ばれる＝問題視されている」と受け取られがちです。

また、上司が本人に直接声をかけたことで「監視されている」「評価が下がる」といった不安を引き起こす例もあります。

予防策

• 面談は本人の希望に基づくものであり、強制ではないことを説明する
  
• 守秘義務の厳守と、面談の目的（支援であること）を明確にする
  
• 上司ではなく、人事や産業保健スタッフが中立的立場で対応する
  

さらに、全社員に事前に制度の仕組みを理解してもらうことで、制度そのものへの信頼感を高めることができます。

「職場のあぶり出し」と誤解されるリスク

問題点：集団分析が「犯人探し」と思われる

特定の部署で高ストレス者が多数出た場合、「この部署はブラックなのでは？」「誰かが問題を起こしているのか？」といった疑念が広がりやすくなります。これにより、職場内の人間関係にひびが入ることも。

特に管理職やベテラン社員が「自分が指摘されたのでは」と疑心暗鬼になるケースもあります。

予防策

• 集団分析はあくまで職場環境の改善を目的としたものであり、個人を特定するものではないと明言する
  
• 結果のフィードバックでは、ネガティブな部分だけでなく改善への提案も合わせて提示
  
• 「今ある良い面をさらに伸ばす」というポジティブな視点で情報を共有
  

このような対応によって、従業員が「改善のパートナー」として受け止めやすくなります。

形骸化する集団分析と職場改善の失敗

問題点：分析して終わり、が最悪のパターン

ストレスチェックの集団分析結果を共有しても、具体的な行動に移さなければ、従業員からは「また形式的にやって終わりか」と冷ややかに見られてしまいます。

これは制度に対する信頼を失わせるだけでなく、改善の機会そのものを失う結果となります。

予防策

• 分析結果をもとに、小さな改善でもよいのでアクションを実行する
  
• 進捗を月次・四半期で見直し、社内報や会議で継続的に共有する
  
• 必要に応じて、産業医や外部コンサルタントと連携し客観性と実効性のある施策を立案する
  

たとえば、「ノー残業デー」や「1on1ミーティングの実施」など、現場レベルで実行可能な改善策が望ましいです。

成功するストレスチェック運用のポイント

成功している企業には、いくつか共通するポイントがあります。

✔ 明確な目的の共有

「会社として職場環境を本気で良くしたい」というメッセージを経営層から発信している企業ほど、現場の理解が得られやすい傾向にあります。

✔ 継続的な振り返り

単発で終わらず、改善の効果を可視化し、再評価している。これにより、社員が自分たちの声が反映されていると感じやすくなります。

✔ メンタルヘルスリテラシーの向上

ストレスについての正しい知識を全社で共有し、上司・部下ともに対話しやすい環境をつくることで、予防的な対応が可能になります。

まとめ　～ストレスチェックは“信頼の土台”となるツール～

ストレスチェックは、単なる制度ではなく、職場の信頼関係を深めるためのスタート地点です。制度の運用において、トラブルの火種となりうる要素を理解し、丁寧に対処していくことが、健全な職場づくりには不可欠です。

企業としては、単にチェックを実施するだけでなく、その後の対応にこそ重点を置くべきです。制度を正しく活かせば、社員の安心感と組織全体の生産性が大きく向上します。

ストレスチェックは義務ではありますが、それをチャンスとして活かすかどうかは、企業の姿勢にかかっています。